昭和50年05月10日 月次祭
御教えに「信心のある者とない者は、親のある子とない子ほど違う」と教えられます。「合楽に御神縁を頂く者と、他の信心をしたり、他の教会に御縁を頂いておる者とは、親のある子とない子ほど違う」と言うのではないです。違うと言わなければおれない程しの、おかげを頂いて頂きたいと思うのです。先生方どうせ此の位ですから、そう云う事は言えませんけれども皆さんがですよ、本当に合楽によって改まる事が出来た。合楽の信心よって磨く事が出来た。おかげで力を受けたお徳を受けた。
愈々子孫繁盛家繁盛の土台を作らせて頂いた。親の代よりも子の代、子の代よりも孫の代と繁盛して行くおかげを受ける事が出来たという時に、私はそれが言えると思うんです。ね。「信心のある者とない者は、親のある子とない子ほど違う」「合楽に御神縁を頂いておる者と、他の信心をしておる者と、他の教会にお参りしておる者とは、それこそ親のある子とない子ほど違い」と云う事が言えれる程しのおかげを、皆さんが頂いて欲しいと思うのです。
私は今の合楽教会で頂いておる御教えを本当に生かして参りましたなら、そういうおかげの受けられる、言うならば御教導を受けておるんだと云う事です。これだけは言えます。まず何処ででもこう云う教導は受けられまいと思う程しの教導を受けております。二、三日前の御理解にも、御理解百節「めでためでたの若松様よ枝も栄える葉も茂ると言うではないか。金光大神は子孫繁盛家繁盛の道を教えるのじゃと」教えられる。
ですからね金光様の信心を頂いておれば、皆んなが家繁盛子孫繁盛、親の代よりも子の代と繁盛すると云う事ではないのです。金光大神が教えて下さる繁盛の道を私共が先ず体得する事です。そしてその道を行ずる事です。今日の御月次祭のちょっと時間前に、福岡の後藤さんの所の赤ちゃんが亡くなりまして、もう丸二年でしょうか。足掛け三年でしょうか。言うならば帰幽日で御座いました今日が。
何年前の今日亡くなられた。それで御霊様へ御挨拶をしてくれと云う事で御座いましたから、お祭り前だから、御霊様への御挨拶を十分ほど何時もよりも早めて、御霊様へ御挨拶さして頂く、それに併せてその慰霊のお祭りというと仰々しいですけれども、その事を御祈念の中に、言わば取次がれての御祈念で御座いました。御神前でその事をお届けさして頂いておりましたら、頂きます事が、歌舞伎十八番に「勧進帳」というのを皆さんご承知でしょう。弁慶が安宅関を越すというあのお芝居であります。
山伏問答言わば問答が御座います。その問答の中に武蔵坊弁慶が申します事のセリフの中に、「形は弓矢に似たれども」と云う所があります。所謂山伏の衣装の事を言う訳ですね。形は案山子所謂田んぼに立っておる案山子の事です。案山子はこう弓矢を持っている、その形は案山子に似ておるけれどもと云う事を頂きました。けれどもどう云う事なんだろう。是は私の慢心した頂き方かもしれないけれども、何処でも矢張り可愛い子供が亡くなった命日だといやあ、お茶を沸かしたりお坊さんを呼んだりして。
お経の一つも上げて貰うたり、又は御霊様にお祭りして頂いとるなら、帰幽日と言うて大事にしてお供え物の一つもさして貰うて、先生に言うならば御祈念をして頂く、慰霊のお祭りをまたはして頂くと云う事になります。形は山伏の案山子にも似た様な物だけれども、形は何処でも同んなじ様な事をするけれども、するけれども神様に通じる所もありゃあ、通じない所もあると云った様な事ではない。
是は親子おじいさんお婆さんも、又はその可愛い兄ちゃん達も一緒にお参りして来ておる。勿論お母さんもお参りして来ておる。玉串皆で一緒に上げた。是迄の形は何処だって同んなじ事なんです。けれども果たしてです、神様に通うか御霊様が喜ぶ程しの所迄着いたか、着かなかったかと云う事は分からんのだけれども、形は案山子に似たれどもと云う事は、形はそういう一般のそれとは変わらないけれども、おまえの祈る所おまえの取次ぐ所、必ず御霊様が喜ぶぞ、神にも通じたぞと云う事をです。
私は言わば勧進帳という中から、セリフを抜いての御理解であった所にそれを感じました。通れる筈ではない所をです、あの山伏の出で立ちにして、誤魔化そうとしたけれども、中々誤魔化されなかったけれども、けれども主人を思う一途の心。弁慶が主人義経の事を思うその一途の心に、あの冨樫という関所の役人がです、こういう気高い御僧を一時たりとも疑うたと言う事は相済まん事であった。自分もその寄進の列に付かんと言うて、その寄進までさして頂くというお芝居なんです。
そしてあの安宅関を見事に通り過ぎたという、そういう筋合いから見てです、歌舞伎十八番の所謂勧進帳から、私が感じる訳です。はぁ弁慶のセリフである所の「形は案山子に似たれども」形は何処の誰さんがするのもあんまり変わらんのだけれども、神にも大体は通わんのだけれども、言うならば氏子の真心と言うか、又は取次ぐ者の信心というか、通じない所でも、神様は通じたと受け取ってくれたぞ。通り抜けられん所でも通り抜けれたぞと教えて下さったと云う風に思うのです。
だから私がです、合楽に御神縁を頂く人達はです、何処何処の何々という所におかげを頂いておる、何々様を拝んでおると云う人達から比べるとです、その信心のある者とない者なら尚更の事ですけれども、親のある子とない子程の違いという物をです、私共は事実にです、それを頂き表していけれる程しのおかげを、皆さん頂いて頂きたいと思うのです。そのおかげを頂いて初めてです、それこそ最近皆さんが言っておられます「もし合楽なかりせば、もし合楽がなかったならば、今日の私はない。」
と云う程しの、実感と云う物が皆さんの心の中にあるならばです、親のある子とない子程の違いをそこに感じる事が出来ると思います。昨日日田の綾部さんの知った方のお取次をさせて頂きました。もう大変な病気なんですね。その私がお取次をさせて頂いておりましたら、鬼の顔を頂いて牙がこうありますね、牙の片一方が取れた一本だけ牙がこうある。そして御理解にですね、角を取って牙を取れば鬼ではないと頂きました。
けれどもそう信心のないその方に言うたら、「そんなら私は鬼ですか」ちゅうて腹かきなさったらいかんけん、そげんまで言いなさいますばってんか。ね、「やっぱりお取次を願われるあなたが其処ん所を詫びて、円満なおかげを頂かれる様になったら、おかげを頂きますよ」と言うて、まあ申し上げた事で御座いました。お互いの心の中にです、それこそ鬼であろうか蛇であろうかと云う様な心と、それこそ菩薩様の様な心とが同居しておるんです。二三日前の御理解の中に。
教祖生神金光大神様と云う方は、氏子の心の新たな心の生みなしの親だと、生みの親だと頂きました。それこそ鬼であろうか、蛇であろうかと云う様な者がです、信心によって段々おかげを頂いてです、自分の心の中に神が生まれる。そういう言うならば、第二の生みの親であると云う事です。私くし共が自分自身の心を深く追求して見る、探求して見ると成程是が鬼であろうか、蛇であろうかと云う様な心が御座います。その角が取れた時に、その牙が取れた時に、もうそれは鬼ではない。
私共の心から我情が取れ、我欲が取れた時にもう人間の姿をしておるけれども、もうそれは神だと言うのです。先日から吉井の熊谷さんのお宅の宅祭りでした。もうそれはそれは何ともかんとも言えん有難いお祭りでした。年々歳々まあ本当にお祭りが済んだ後に、娘さんやら孫さんやらがお手伝いに来ておりましたが、今まではそう云う方達が私の話を聞いても、ぴりっとこう跳ね返って来る様な感じでお話がし難い事、し難い事、もう本当におびただしい感じでした。
是だけ真心を込めてお祭りをされるのに、折角だからああ云う娘やら孫達は来ん方がよかというごたる感じでしたけれども、今度のお祭りは、もう本当にお祭りが仕えよかった。もう一生懸命その娘さんたち、もう言うなら、ずうから御用頂いておる。初めて私あちらのご直会の時に、娘さんやらお孫さんたちが、おかわりに来たり「先生どうぞ」と言うて、おビールを注ぎに来たりして、初めてでした。
私が帰った後で、お嬢さんとお孫さんが「今日はお婆ちゃん、今日の親先生のお話は、あたしが聞かんならん様な御理解じゃった」お孫さんが「いいんやお母さん、もう今日の御理解は親先生が私に当て付けて言いなさったごたる有難い御理解だった」と初めて、熊谷さんも孫やらも娘からそう言う事を聞いたと言うておられます。本当に成程有難いお祭りが出来た筈だと思わせて頂きましたが、その時に私は、神様からお知らせを頂きました事は、是はお知らせではなくて御理解です。
何時も熊谷さんは何か、いろんな問題が起こったり、心の中にどうもすっきりしない様な時には、もう必ずと言うて良い程吉井から此処まで来られる間にですね、ああいう小さいマッチを拾われるんです。あの喫茶店やらバーやらの広告の広告マッチです。この頃久しゅうそのマッチを拾わんと思いよった所が、丁度謝恩祭の前の日に拾った。それにその絵が描いてあるのがね、人魚の絵が描いてあった。魚と半分は人間半分は魚という、その時に御理解に頂きますのが、半人間と云う事を頂きました。
半分は人間で半分はなら何だろうかと云う事です。
そりゃー熊谷さんは半分な人間ばってん、半分な鬼のごたる人じゃ蛇のごたる人というのじゃないと思うんです。何故って下の方が魚ですもん。もう鯉の鱗にも似た様な、言うなら魚ですもん。魚の事はお徳と仰るお徳はそのまま神です。此の方の道は人間が神になる道なんです。「此の方ばかりが生神、生神というけれども此の方だけが生神ではない、皆んなもその様なおかげが受けられる」という道なのです。
熊谷さんはそのまま矢張り人間の姿ではあるけれども、もう半分は半分人間半分神としてのおかげを受けておられると言う事なのです。そうであろうと私は思います翌日が丁度特別奉仕委員の御祈念会で御座いました。その時に熊谷さん所のことを合わせてお礼申さして頂いておりましたら、「鬼神もなく」という言葉がありますね。それを私はちょっとど忘れいたしましたが、「鬼神もなく」ではなくて「鬼神も避ける」と言うでしょうか。言うならば一途一生懸命、真心真というものはです。
神様へいわゆる姿勢神に通ずると云う様にです、言うならば御道の信心で、いうならどう云うメグリがあってもですこの一心を貫くならば、メグリもよけて行くと云う様な意味の事を頂きました。鬼神も避ける鬼神も泣く程しの信心。それが例えば熊谷さんの二十五年間の信心であると思います。初めの間は十何年間ですか親戚との裁判の争い、ただそれに勝ちたいばっかりでお参りをして来た。又は息子さんが大学に試験を受けるので、どうでもそれが入学の、合格のおかげを頂く事の為だけに一生懸命参って来た。
所がね此処にお参りをして来るようになったら、急転直下バタバタ裁判に負ける事になってしまった。息子さんも大学受験というのは、今年もだめであった。又だめであったと云う事が続いた。浮羽高校でしたかね、浮羽高校を出られる時には、それこそ太鼓判を押す様にして「熊谷君は大丈夫」と言われる程しの、言うなら頭脳の持ち主なんです。にもかかわらず今年も又落ちた。もうそれこそ泣くにも泣かれんと云う様な状態の中をです、おかげを頂いて一年目は。
「ただ合格します様に」と一生懸命だったが、二年目はそれこそもう泣く泣くであった。そして三年目にはです、もう言うならば、合格とか不合格と云う事は問題ではないと云う程しの心が開けておられたと云う事である。当時この久大線を利用しておられました、草野からあの真暗い中をです、当時の椛目にもうそれこそ毎日毎日の朝参りであった。お参りをされる時もう間には様々な、もう是で信心をやめようかと云う様な事に出会われる様な事すらもあった。
けれども自分の心が育って行った。言うなら自分の心から角が取れていった。または牙が取れて行った。自分の我情が取れて行った、我欲が取れて行った。「あの時にもし裁判に勝っておったら、もしあの時に息子が一辺で通っておったら、今日の私の信心はありません」と言うておられる。そういう信心が二十五年間続いたんですから、是は半人半神だと私は思わせて頂きます。神様へ向こうて一歩一歩近付いておられる姿だと思わして貰います。そういう一途なもの、しかも最近ではです。
もうここ幾年でしようか、バスを利用される様になりましたから、もう朝晩お参りになると云う程しの、もうそれがね、有難うして有難うしてという、お参りになって行かれておると云う所に、熊谷さんの信心が、私が今日皆さんに聞いて頂きたいと云う事はです、そういう一つの鬼神も避ける程しの、それこそ是は嘘と分かっておっても、富樫をしてお詫びをさせる。却って「是ほどにりっぱな尊いお坊様を、一時たりとも疑うたと云う事は済まん事であったどうぞお通り下さい。
私も寄進の列につこう」とまで言うてくれる程しのおかげになった様に、そこに真心というか、姿勢というか、一途なものに貫かれる所に、私くしはそういうおかげが受けられてこそ、初めてです是は羽田野さんの言葉ですけれども、私は羽田野さん以上に、熊谷さんは「もし私くしに合楽がなっかたらならば、合楽の親親先生が御座らなかったら、今日の熊谷貞枝はもうないかも知れない。熊谷一家はなかったとさえ思われるだろうと思うので御座います。
初めて「信心のある者とない者は、親のある子とない子程の違い」「合楽におかげを頂いておる者と○○教会におかげを頂いておる者は、親のある子とない子程違うのではなくて、違う」と言える程しのおかげを皆さんに頂いて欲しいと言うので御座います。その後藤さんの所の今日の霊祭に見る様に、姿形は案山子にも似ておるけれどもする事なす事は、よその何処とも誰とも大して変わったことはないけれども、お前のその一途な思いだけは、例えば私の思いが。
例えば間違っておっても、神様は受けてくださると押してくださると言う程しの働きが表せれる様な信心。又はそれを頂けれる程しの皆さんの信心と云う物が、相まっておかげを受けて行けれると思うのです。今日は北九州の地区の、あちらの地区の方達の庭園愛好者の会と云った様な方達が、バス三台を連ねて合楽教会に庭を見に見えました。もう本当におかげを頂いてから、その前日沢山の人達が奉仕されまして、もう庭が見違えるごと綺麗になりました。
今日は又中心になる若い人達が集まられて、お茶の接待をなさいました。庭に茶床を出して緋毛氈を引いて、そこでその皆さんがお茶を立てられる方は立てられる方、汲み出す方は汲み出す方。本当に私は思われただろうと思うのです。合楽の教会という所は、皆さんがみな色々言っておられる。「金光様のこげな教会は知らじゃった。此処は金光様の九州の御本部じゃろう」ちゅうてから言うなさった方があったそうです。
まだ色々な方があった様でしたけれども、私は有難いと思った事は、その中に一人「おかげの泉」の愛読者が一人あったと云う事が、大変嬉しいと思いました。金光様の御信心ちゅうたら、百何十人の者が来とった、その中に一人金光様の信者がある位なんですよ今、しかもそれが合楽のお参りした事は今日が初めてだけれども、もうここ三、四年です、毎月送っておりますその方に、名前だけは知っておった。
その方が今日は参拝されて「是非ここの十三日会という会があるそうですからお参りさせて頂きたい」と言うておられましたが。例えば信心させて頂く者がたったその位しかいないんですから、皆さんの周囲には、そういう沢山の難儀な人があるのですから、皆さんが「合楽なかりせば」と云う程しのおかげを受けられて。是を示現活動に持って行くと云う様な働きになって来る時にです。愈々言わば信心共励の道、合楽の道が開けて来ると思うので御座います。
どうぞそれには先ず皆さんが、一つ信心には真心ですけれども迫力です。鬼神も避ける程しの私は一途な勢いです。そしてそれを取次さして頂く私がです、神様からまあ少しばかりは御信用受けておるから、例えば違うておってもです、なら今日の勧進帳のお知らせじゃないですけれども、通して下さるという、そこが違うと言うて下さるのですから、違う所をです、一つ現して行って頂きたいと思います。
どうぞ。